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日本型デフレに脱出口はあるのか?


江戸の智恵に学べ 
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本当の意味でのデフレとは一線を画する日本型デフレに関して、かつての既得権益構造から、また日本特有の流通構造面から述べてきた。問題は、理由や根拠はともあれ、バブル崩壊からリーマンショックにいたる大きな不況のさなかで、うち続く低成長から「果たして日本は、デフレ現象から脱却できるか?」ということが最大の命題である。このまま放置すれば、

1.本格的なデフレに進行する。
2.景気二番底の到来
3.国際長期金利の上昇から、ハイパーインフレの懸念

 が懸念されるのだ。

相次ぐ物価の下落にたまりかね、ついに菅直人副総理兼国家戦略担当相がデフレを宣言した。いままで日銀はデフレ対策に消極的だったし、民主党政府も子ども手当や高校の授業費ゼロなど福祉面では熱心だが、不況対策を中心とした経済対策の基本方針が一向に見えてこないのだ。

 まだ日本型デフレに止まっている内に、なんとかデフレ脱却が望ましいが、さてその名案ありや……。抜本的解決策について、出来れば識者の意見を聞きたいところであるが、さて望みは叶えられるだろうか。

 たとえば、『永井俊哉ドッドコム』
    “ なぜ江戸時代は平和だったのか ”
⇒ http://www.nagaitosiya.com/b/pax_tokugawa.html

では、「いま日本を直撃しているデフレスパイラルを解消するために、フランスブルボン王朝と比較しながら、江戸時代の智恵に学べ」と言う。

   (引用)
 1638年に島原の乱が鎮圧されてから幕末まで、200年以上もの間、江戸時代の日本は、戦争も大きな内乱もない平和な国で、人口もほぼ2600万人のまま変化がない安定した社会だった。これは、当時の世界の他の国と比べると驚異的なことで、海外では「パクス・トクガワ」などと呼ばれている。この平和と安定の秘密は何なのか。

 実は、江戸幕府は、幕府開設から百年にして、経済的な危機に瀕していた。ちょうど近代小氷期の最盛期(マウンダー極小期)で、江戸幕府の日本のみならず、世界の国々がインフレに苦しんでいた頃である。前資本主義社会にとっては、資源不足が最も大きな危機であることは、これまで述べたとおりである。例えば、フランスのブルボン朝は、この時の危機を乗り越えられずに、フランス革命で滅亡する。日本の江戸幕府は、この難局をどう乗り切ったのか。
  (中略)   

江戸時代、大阪堂島の米市場が、世界に先駆けてデリバティブを制度化したことからもわかるように、江戸時代の金融テクノロジーは世界最高水準にあった。マクロ経済の安定と戦争の回避という点で、私としては、先物取引の発明よりも、量的金融緩和の発明の方を評価したい。デフレからなかなか抜け出すことができない現在の日本も、江戸時代の知恵を学ばなければならない。
   (引用終わり)  


 つまり江戸幕府、フランスのブルボン朝とも、巨額の財政支出がハイパーインフレをもたらしたのだが、「ブルボン朝は1789年に滅亡したのに、江戸幕府は1868年まで存続した。では何が両者の明暗を分けたのか?」と言い、今の日本は、江戸時代の巧みなデフレ克服術を学ぶべきだという。

 そうしたことを念頭に、我々の消費行動意識の転換を取り上げて見たい。


消費者サイド
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(1) 自分から不景気を招いている日本人
 日本人の性向として、デフレになってお金の価値が上がったら、積極的に購買意識が上がるのではなく、不況だからといってむしろ預貯金を増やす傾向がある。だからいま金利がゼロに限りなく近いというのに、1400兆という預貯金がある。

 そうした金は、日本やアメリカの国債くらいしか買われないので、アメリカ国債は限りなく価値を下げ続け、日本国債は円高基調の中で、長期金利を押上げることで、インフレ懸念を強めている。

 いわば日本人は、自分から不景気を招いている事になるのだ。デフレと言うには、「お金の価値が高い」ことだから、有効に使ってこそ意味があるし、デフレスパイラルからの脱出にもつながることになる。


2)子孫に美田を残すな
 今の親は子供を甘やかしすぎる。我々の時代(私もそうだが、)茶碗1つ鍋1個から買わねばならなかったが、今では不要品をどうして捨てようかと悩んでいる。

 子供は最低限の教育費だけでいい。大学は奨学金を使うことだ。第一今や子供は親の面倒など見ないのが普通という現状がある。自分たち夫婦が努力して獲得したものは、自分たちが好きに使えばいい。子供たちには依頼心を持たせないため、早々と宣言しておくことだ。

 殆どの家具や製品がすでに家にあって、もうなにも欲しいものがないという人もる。そんなことはない。もう少し観光や食事、観劇など、物質面から脱却した精神的豊かさを求めてもいいではないか。

 あるいは、古くなった部屋やキッチンを改装しリニューアルし、飽きが来た家具や家電を、今はやりのリサイクルショップに売り払って、最新の住まいに変身させる。省エネを兼ねて二重窓、床下暖房、燃料電池の導入や、断熱工事で快適生活をエンジョイするのだ。

 
(3)収入や蓄えに応じた支出を〜

 欧米の階層性が、それぞれの所得に見合った消費を促す役割を演じている。これはある意味「ノーブレス・オブリージ(noblesse oblige)」という所得や階層に応じた支出意識につながるが、残念ながら日本においては、そうした意識が稀薄なため、同じレベルの商品に集中する傾向がある。

 またかつて日本文化の一つとも言われた「ハレ=褻 非日常)とケ=褻 日常」という消費意識も消滅したいま、ケ(日常)でも、特に底辺辺りを買い回っているようでは、景気回復は覚束ない。個人の消費など、とても全体には影響しないと諦める前に、「個人の意識改革が全てを変える」と自覚すべきで、結果は後からついてくると割り切ることだ。


(4)エコポイントなどと、チマチマするな。
 エコポイントが付く間は比較的購買意欲が持続するが、それが止めば極端に購入を手控えるきらいがある。なぜなら、そこには自分に合った生活信条ではなく、価格に背を押された他力本願の生き方しか見て取れない。そろそろ自分の生き方を自分の手で築くべきではないか。

 そして太陽光発電や電気自動車など、ムダで高い買い物をよしとする手合いがいる。これらに掛るイニシャルコストを、それぞれ通常の電気代、ガソリンなどのランニングコストと比較することだ。加えてそれぞれの耐久性と効率改善の両面、それに自分の寿命を考えると、まあ前述生活が豊かになって、しかも電力消費が軽減される二重窓・床下暖房・断熱工事くらいにしておくことだ。


(5)男性はすべからくお洒落をすべし、
 女性消費者の自立性に反して、どうも男性の場合自分の好みで消費行動を起こせないきらいがある。成人男性にお洒落心がまるでないのだ。そのためデパートやショッピンセンターなどで、対象店が成り立たず撤退してしまうケースが多い。

  (この問題には、提言したいことが山ほどあるので、別途に取上げたい)

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