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『論文・評論』
● 文明の森林史観
ーーー森と人の地球史
「水の惑星 地球」に森が誕生してその遙かな後、サルからヒトに進化した私たちの祖先は、数千年というわずかな間にその森の多くを破壊し続けてきた。その裏には「狩猟→遊牧の民」と、その基底部に組み込まれた採集→農耕(特に畑作に従事した民)の愚行がある。
今荒廃した森を自然を是正し改善するのは、「水田稲作」という自然調和型社会文化を形成し、自然と共生してきた日本以外にはなく、しかもその日本さえも、折角の豊かな森を持ちながら、いたずらに衰弱させているのだ。
いま私たちに科せられた「森復活」という大切な課題を含め、壮大なスケールで森と人のかかわりを紡ぐ壮大な叙事詩をぜひ一読下さい。
(全篇=序章・第一〜第十章・終章を加えると全12章、書籍に換算して2〜3冊分のボリュームがあります。どの章からでも気楽に読み進めて下さい)
● 葬送曲 “日本海洋国論”および序曲 “新海洋国家像”
著名な識者でも、海洋国という定義について「周囲を海に取り囲まれている島国だから日本は海洋国である」という、至極短絡的且つ自然発生的根拠に拠っているな現状にある。
この「日本は海洋国である」という誤った自己定義こそ、日本を好戦的な国に位置づけた、自虐史観の遠因になっていると言っても過言ではない。
国家存続最大の鍵であり、自らのアイデンティティの有り様が大きく損なわれている現状に対し、真っ向から疑問を投げつけ徹底的に論破した野心的論文である。
● 平和に発した『日本技術論』 (補足・加筆の工事中!)
ユーラシア大陸から新世界に到るまで支配してきた「狩猟→遊牧」という民の系譜は、つねに獲物獲得から紛争そして戦争という「争いの武器」からスタートして、その平和利用という発展経路を辿ってきた。
ところが世界で唯一、ごく近世まで「狩猟→遊牧の民」の手荒い洗礼を免れてきた日本に於いては、唯一無二の「平和に発した技術」という文化を継承してきた経緯がある。そのあたりを的確に検証してみたのが本論文である。
(第1章から第6章で構成しております)
(リーマンショック以来、日本経済の低迷に加えて、日本の技術そのものも大きな曲がり角に来ております。その当たりを再分析し、新しい対策・対応を書き加える予定です)
● 日本文化論
前記の通り「平和に発した日本文化」のルーツは、勿論縄文に発しているが、しかもそれをより洗練させたのが弥生の改善力である。移入した海外先進文化を縄文とのハイブリッドによって、換骨奪胎してニッポンナイズしてきた平和的諸文化の検証である。
(日本独自の平和文化を、8篇掲載しております)
●トンデモ進化論
700万年前アフリカで、オズオズ地上に降り立ったサルは、仕方なく2足歩行を始めた。この究極の弱者が、どんな生き様で、過酷な大自然の中で生き延び、特異な進化を遂げてきたか。
勿論専門家の意見も援用しながら、独断と偏見を武器に縦横に展開する、アッと驚く「路地裏のヒト進化論」である。
● ホモ・イノヴェーティス論 (『森と人の地球史』よりの抜粋)
「ホモ・イノヴェーティス」とは「革新するヒト」を意味する中村の造語である。これはヒトの進化を遺伝学とか人類進化論という視点ではない。
こわごわ地上に降り立って直立2足歩行をはじめたヒトが、幾度となく襲った絶滅の危機を乗り越えて「ヒト 人になる」ことが出来たのは、その都度人類特有のイノヴェーションにあったとする仮説であり論評である。
● 縄文が日本を救う!
『日本人は「縄文×弥生」という2つの民族のハイブリッドである』という持論を元に、安定し豊かになった環境にあぐらをかいて、制度疲労に陥って現在の肥大し硬直した状態は「コメ文化→ムラ意識」という弥生の仕組みにあると捉えて、その打開を図ることで日本をのは蘇らすものこそ、『縄文」という平和に発した匠の技』であるという主張をここに提示した。
(1〜66篇+あとがき・補足3篇、各編完結タイプですが、古い順にお読み下さい)
(序奏・第1楽章〜第6楽章・新海洋国家への序曲で構成されています)
● 西洋史論の欺瞞を衝く! (新規・更新中)
人種も環境も違う日本が、いかに知らぬ間に「西洋史論の欺瞞」に誑かされてきたか。それをつぶさに検証していくページである。ここらで真性日本史観を構築する時期ではないか。
(12009.07の時点で 1〜8まで 上から順になっています)
● 日本の農・林・水産業を考える (新規・更新中)
メルマガ『縄文塾通信新』に掲載し、以下旧『縄文塾にようこそ!』の縄文時評、今回統一した電子ブックHP『キャスルゲイト』の時事小論に分散掲載していたものを、今回ホームページ『縄文への道』に新設した同欄に集約したものである。
なお従来の両サイトに掲載文は、重複になりますがますがそのまま残している。
( 09.07 時点で 1〜20まで…。 順序は新しいものが上になっています)
原則毎月更新の時事評論・書籍評
● 縄文時評/時事小論 (いずれも原則毎月更新中)
いずれも『縄文塾通信』に掲載してきたもので、縄文時評は、今まで『縄文塾へようこそ!』上で、時事小論は『キャッスルゲート』にそれぞれ時事問題中心に収録した。
以降、この2つを統合せずにそのまま残し、中村による独断と偏見性の強いものを前者に、時事関連性が強いものを後者に分離掲載する予定である。
● 感銘の一冊 (原則毎月更新中)
今まで原則毎月感銘を受けた図書の紹介をしてきたが、最近視力が衰えて、小さな字の本が読みづらくなったので遅れ遅れになっている。アメーバ型雑学の徒にふさわしく読書ジャンルの幅が広いのが特徴。
『エッセー集』
● 弱者曼荼羅
「ヒトは弱者を保護することで進化の道を歩んだ」という私論・仮説をもとに、
第一章:「ヒト進化の重要な要因は弱者を保護してきたことにある」という、ある意味トンデモ仮説である。
第二章:虚弱さでは人後に落ちない筆者の『弱さ加減」をさりげなく軽いタッチで取り上げてみた。
第三章:いまかつての弱者は「弱者という名の強者」に成りおおせている。ある意味不条理な点を、鋭く?指摘した。
第四章:今という時代、あらためて弱者と強者の問題を脈絡なく取り上げた。
各編約8話で構成・ちなみに、プロローグとエピローグは、それぞれ始めて日本の土地を踏んだヴァーチャル先祖、そして近未来の子孫の有り様を、ショート・ショート・ノベル形式で取り上げてみた。全体的に見れば、
強者>弱者 → 強者<弱者 →強者=弱者
(過去) (現在) (未来)
という流れを示唆している。
● 閑話Q題 (更新中)
つれずれ思いつくままに、気楽に書き留めた特にテーマを持たないお気楽エッセー集である。極力画像を取り入れ、楽しい読み物にしていくつもり。
● 縄文雑感(掌エッセイ) (更新!?)
縄文時代の事象をや縄文人の生き様を、考古学とは無縁の中村流ヴァーチャル・シミューレーションによって再現した短いエッセー集である。
(出来れば暇を見て、ここ以外に「縄文ブログ」上で書いてきた“ 縄文ってすばらしい! ”から、重複部分を排除しながら、補足していきたいとは思ってはいるのですが……。)
<付 記>
● プロフィル欄 (追加リライト)
09.07.03 <中村の信条 モットー スローガン>を加えました。お暇な特にご笑覧あれ!

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