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縄文が日本を救う!

縄文が日本を救う!<番外補足編−2>

金融グローバリズム破綻の構図

 今回の金融事件を、いわゆるアングロ・ユダヤの背後にうごめく「闇の勢力=イルミナティ」の仕業だという説まで、まことしやかに囁かれる始末だが、今回の騒動で大儲けをしたというところは見受けられず、もしそうだったとしたら、彼らの牙城であり出先機関であったはずの投資会社が、かくもそろって大きな損害を被るはずがない。

 ここは素直に、西洋型性悪説的「商文化」の破綻とみてもいいだろう。しかもその救済策を提唱するのが、かつて異質な「商文化」に翻弄され、やっとの思いで奈落の底から這い上がった日本的倫理観に裏打ちされた「商文化」だとすれば、俄然村山節先生の「東西文明800年周期説』が輝きを増してくるではないか。

 いま地球上を覆い尽している、経済破綻の現状の分析に加え、ここに到る震源地アメリカにおいて、なぜかくも金融業界が歪(いびつ)に徒長したのか、そのあたりに遡って焦点を当てた私見を披露したい。

金融危機の裏側にあるもの

 2008年「サブプライムローン」の破綻を契機にその被害は世界的に拡がり、実体経済に深刻な影響を与え、かつての世界恐慌、1929年のブラック・サーズデイ(暗黒の木曜)を上回るかといわれる世界的規模の被害を招来した。

 なにしろ、11月(2008年)に入ってGM株が65年ぶり安値を付け、11日現在におけるGMの終値は2.92ドル。資金繰り悪化を懸念して、放置すれば倒産の危機さえある(デトロイト 11日 ロイター)という。

 また同月10日、保険大手会社AIG(American International Group) も、7-9月期は244億7000万ドルの赤字となり、米政府は10日、1230億ドルの救済策を廃止し、代わりに1500億ドル(約15兆円)規模の新たな救済策を適用すると発表した。(ニューヨーク ウォール・ストリート・ジャーナル)

ちなみにAIG傘下保険企業には、ド派手なテレビ宣伝で知られ有名なアリコ・ジャパンがある。

 さて「サブプライムローン」破綻の被害は、直接関係が希薄だった日本でも深刻で、株価の大暴落を引き起し、以降投資家の破綻・撤退や極度の警戒心から、11月現在社債発行額が予定の半分にしか達せないという状況を招来した。

 このことは、公然と囁かれている「貸し渋り・貸しはがし」の再来と相俟って、(読売新聞によると)、帝国データバンクが11日発表した10月の企業倒産(負債総額1000万円以上)は、前年同月比13・7%増の1231件(05年4月以降で最多)となり、集計基準を改めた2005年4月以降で最多となったという。

 先般のG8においては、日本政府の呼びかけによって、公金投入によるテコ入れと金利の引き下げなどの対策が、先進国の各国首脳に約束され、実行に移されているが、先進国だけでは到底この危機は乗り切れないとして、次期開催予定のG20において、より広範囲な協力体制が呼びかけられることになった。

経験者という日本の立場

 かつて1990年代に、アメリカの金融マフィアたちは、日本の金融市場を閉鎖的であり、規制する代わりに援助も行なうというダブルスタンダードを非難して、そこに「自由を保証する代わりに、一切援助などの介入しない」というグローバリズムを押しつけ、その開放を強要してきた。

 当時の橋本総理と大蔵省は、1996年から2001年度にかけてその要求に応じ、「グローバル・スタンダード」という造語まで造り、「フリー・フェア・グローバル」をキャッチフレーズとして、「護送船団方式」とよばれていた金融業界での規制を廃しそのオープン化を実行した。

 そいわゆるグローバリズムの急激な導入という「金融ビッグバン」が、日本におけるバブル崩壊の起爆剤になったことは記憶に新しい。その後ハゲタカ・ファンドと呼ばれた金融鬼っ子の、弱肉をむさぼり尽くすその跳梁ぶりは記憶に新しいところだ。

 ここでは改善を要求された日本金融界への要求諸要件は割愛するが、大規模な金融制度改革の拙速と呼ばれていい急激な改革に加え、土地バブルの進行に対する時期を誤った宮沢蔵相の売買規制などが引き金になって悪夢のバブル崩壊が始まり、その後の日本は、延々と続く経済低迷に呻吟することになる。

 その後日本は、特に経済復活のための施策として、金融緩和と公共投融資の拡大しか施策をもたなかったこともあって、「失われた10年」という「憂愁の時」を延々且つ悶々と過ごすところとなった。

 結局その憂愁の時に終止符を打ったのは、「自民党をぶっ潰す」という威勢のよい掛け声と共に登場した小泉総理であった。小泉・竹中のコンビが採ったのは、国民の圧倒的な支持をバックに、手強い反対を押し切って、効果の上がらない公共投融資から、過剰な不良債権に喘ぎ倒産を頻発していた金融業界への公金投入と、ゼロ(に近い)金利適用いう二つの伝家の宝刀であった。

 このグローバリズムとは縁遠い日本的な解決法によって日本経済は、奇跡的に復活を遂げるのだが、この事実は、昨今小泉・竹中のコンビを「金融市場原理主義」と呼んで非難する向きがあるが、まさに正反対な規制を持ち込んで解決してきたことを知るべきである。

 ところが今回のサブプライムローンの破綻がきっかけとなった金融バブルの崩壊に当たっては、放置すれば世界的大恐慌を免れないとして、結局震源元のアメリカのみならず世界中で、かつての日本のこうしたグローバリズムに逆行する対応が、もっとも有効な救急薬として承認され実行されようとしているのだ。このダブル・スタンダードの是認こそ、グローバリズムの破綻であり崩壊だということが出来るだろう。

サブプライム・ローンとはなにか?

 さて今回、単なる低所得者用住宅ローンである「サブプライム・ローン」が、なぜこのような金融市場の暴落を招いたのだろうか。

 アメリカのように、ローンが払えなくなったら家を出るだけで、以降支払い義務は不要である。そうした仕組みから債権者である銀行が、高金利ローンとして売り出すという仕組みが発生した。特にそれを、あたかも利益を無限に生み出す「金の卵」のごとく装った「投資銀行」と、餓狼のように飛びついたファンド群、結果として、いわばトランプのババ抜きで、だれが最後にババを掴むかというギャンブルにすり替わったものである。

 今回の悲劇をごく簡単にいえば、リーマン・ブラザーズとかモルガンスタンレーなどの投資銀行が、利益は大きいが危険なサブプライムローンを、こっそり何ら関係のない一般の投資信託などに紛れ込ましたため、こうしたサブプライムローンを大きく扱っていた会社のダメージが、一般の投資家をも巻き込んで大きな被害を及ぼしたことにある。しかも実体産業関連の投資さえも、連鎖的に株価暴落に巻き込まれてしまったのが今回の実相である。

 しかもその裏には「格付け会社」が、サブプライムローンを扱うそうした会社を、トリプルAにランクしたことも預かっていたのだ。いわば一緒になって詐欺を働いた同罪者として断罪されるべきだろう。

 ご存じのように日本では、もし住宅ローンの不払いが生じたら、連帯保証人がその責を負い、また裁判によって、資産の差し押さえや、少しずつでも返済していくという義務が発生する。従って日本において住宅ローンは、今回のような悲劇を引き起すことはない。

 また言うまでもなく、金融市場は貯蓄目的の「投資(Investment)」と、株式を中心とした金融商品の売買で利益を上げようとする「投機(Speculation」とに大別される。

 いわば、投資における「卵を1つの篭に入れない」という鉄則が、全ての篭が同時に落下すると言う「想定外の大地震」だったのである。

 ことほど左様に、まったく関係のない投資信託やファンドにまで累を及ぼすと言うことは、もうギャンブルを通り越して詐欺そのものの世界である。アメリカ発金融バブル発生の元凶は、自由ではなくて放縦そのものだったといえるだろう。

脱工業化社会の行き詰まり

 ではアメリカで、なぜかくも野放図に金融業界が跳梁できたのか。

 ご存じのように、1970年以降、アメリカは堅実に「物を造る」という物的製造構造から、知的企業構造に移行する、いわゆる脱工業化社会(The Post-Industrial Society)へという道を選択していった。

 そうした流れの背景には、アメリカの経営姿勢が、企業そのものの充実や成長や就労者の福祉よりも、株主の利益本意にシフトすることで、次第に中産階級の衰弱化を進めて行ったことがある。

 従って企業そのものが売買の対象となり、ビジネススクール出身のMBA(Master of Business Administration=経営学修士)が重用され、手段とすべき経営技法を、株の上昇を企業の目的にすり替えることで、結果として企業の売買というマネーゲームの対象に移行して行くことになった。

 たとえば、我々には聞き慣れない、また理解しがたいCEO(Chief Exsective Offiser)、日本流に言えば一応は経営者のトップ代表取締役だが、たとえば彼らは、大株主である投資家に意向による就任の条件として、企業内マネーゲームとも言えるMBO(Management Buyout)などを駆使して、実績(株価上昇)の応じた自己所有株取得を要求してオーナーの座を狙う、あるいは膨大なキャピタル・ゲイン(capital gain)を挙げることで(自らを含む)株主に利益をもたらし、結果として企業そのものの弱体化を招来させることになった。

 製造業を主体とした実体経済企業の衰退をよそに、アメリカの中心企業として成長していった知的企業とは、一般的サービス業から、金融業・知的所有権、企業そのものの売買業務などだが、次第にインターネットを中心としたIT(Infomation Technology)産業が大躍進し、マイクロソフト・インテル・サンマイクロシステムズ、それにヒューレット・パッカードなどに代表される企業が次々と脚光を浴びることになった。

 ところが、次第にITバブルがはじけ、そこに製造産業の低迷も加わり、行き場を失った技術者や理論経済学者・経営者が、こぞって金融業界に流れ込み、デリバテ
ィブ(Derivative)などという、非現実的理論武装を身に纏った、複雑怪奇な鬼っ子「金融派出商品」を生み出し、ヘッジファンド(Hedge Fund)という投機グループなどがマネーゲームというギャンブルを仕掛けて、金融界で大手を振って跳梁する「魑魅魍魎の巣」にしていくことになったのである。

 アメリカで何故かくも金融業界が拡大していったかだが、そこには企業の中心は、経営者や従業員、それに顧客ではなくて株主であるという思想にある。従ってあらゆる企業は、利益を上げて株主に還元するということを最優先してきた。

 従って四半期ごとの決算において、投資家への利益を優先する必要性から、研究部門への投資や、技術革新・設備更新への投資がおろそかになっていくことになっていくのである。こうした株主最優位という発想が生んだのが、いわゆる「市場原理主義」であり、「金融工学」と呼ばれる元凶の姿である。

 たとえばGM・フォード・クライスラーという自動車ビッグ3の惨状にしても、折角バブル崩壊で青息吐息の日本自動車業界を尻目に見ながら、製造業の真の使命を忘れ、結局は自らその優位性を放棄していったことになる。

金融界に規制は不要かか?

「縄文塾通信」10月ー1号『楽観的サブプライムローン問題考察』で、おおなださんは、

しかし、小生は規制強化に反対である。

 理由は二つ。まず強固な規制はその経済主体の活力を奪う。かって日本の銀行は大蔵省銀行局に叱られないように汲々として業容の発展は思うに任せなった。また、銀行局は過剰な金融機関を一律に守ることのみ専心した。所謂、護送船団方式である。

 第二に、強固な規制は都合の悪い事態を隠そうとするか或いは罰から免れようとする意思が働く。つまり逆にモラルハザードを起こす。実際、護送船団方式の最大の欠陥はこの種のモラルハザードであった。


 とした上で、

 もしサブプライムローンを証券化して各国に危険分散することなく米国だけで処理したら、間違いなく米国は一挙に沈没し世界は同時的大恐慌になっていただろう。

 という。

 同論文には、諸問題の的確な分析がなされており、ただその対策として、従前日本が行なってきた規制を踏襲することは、金融市場のダイナミズムを疎外するという立場での規制反対論である。

 文章の前後を無視して、その部分だけを取上げて反論を述べることの危険は承知だが、本稿では、氏とは違った角度、単なる言葉の遊戯ではなく、今回のトラブルを契機に、時代に即した的確な新しいルールの採用を期待したい。

 本来自由には、当然責任と義務が伴う。今回のサブプライムローン、それを許した金融市場の有り様には、この責任と義務が無視されていたことであり、その姿勢を正すことの要求は決して規制とは言えない。

 だが問題は、「もし住宅ローンを証券化するということを禁じる」とか、「証券化する場合、斯く斯く然々のルールを遵守する」ということからスタートすべきではないか。これは「規制以前」のシステムでありルールの問題ではないか。

 今後株式市場だが、投機が加熱すれば、それの冷却をはかる安全装置が働くシステムの採用で、実体経済とバランスの取れた運営が見込まれることを望みたいものだ。


「レヴァレッジ」と「空売り」

1.今回さらにその被害を大きくしていったのがデリヴァテイヴであり、レヴァレッジ(Leverage=梃子(てこ)の作用)という「錬金術師の魔法の杖」であった。

 レヴァレッジとは、実際に投機に使用する金額の何倍もの架空の金額を調達するもので、金融市場で動くカネが、実体経済の数十倍の金額に達したというのも、このレヴァレッジというシステムの力である。 

 このレヴァレッジ(Leverage=梃子(てこ)の作用)という「錬金術師の魔法の杖」は、当然危険と隣り合わせの両刃(もろは)の剣だが、浜田和幸『石油の支配者』によると、原油市場では、実に実際の金額の30倍という虚偽のカネが乱舞したと言う。

「もし金融市場にレヴァレッジというシステムなかりせば」という思いがあってもなんら不思議ではない。自己責任として当事者がその尻ぬぐいが出来るのならよい。今回の如く他に巨大な累を及ばし、膨大な援助資金を投入させたとしたら、廃止とはいかないまでも、レヴァレッジの率を大きく規制することで、金融市場での株の動きをコントロールさすべきであろう。
 
「金融市場」といういわゆる虚業に、実体経済を危うくさせてよい理由は一切ないのだと知らしめることに躊躇してはならない。そのための新しいルールづくりが急務であり不可欠であろう。

 現実オバマ氏は、このレヴァレッジのあり方に疑問を呈して、その規制を目的とした調査を開始したと言うことだが、もう一つ、規制の対象として「空売り」の問題がある。

2.米証券取引委員会(SEC)は17日、株式を保有せずに売り注文を出す「空売り」に対する規制を強化し、対象をすべての上場銘柄に広げると発表した。し、日本でも、中川財務・金融相が13日「空売り(規制)を厳しくする」と表明している。 「空売り」の定義だが、
   
 (1)株券を保有せずに売ること
 (2)借りてきた株券を売ること 
 (3)所有権を所持していても、貸し出しているなどで手元にない株券を売ること

などで、今回事実上、とにかく本券/信用取引でない売りが、ほとんどが"空売り"と認定される結果となった。

 この際、世界の金融市場にはびこっていた病原菌を排除し、救命治療を行ない、膿を出し切った上で、適切なダイエット療法を行なうことで、メタボ体質から徹底的な健康体にすることが肝要である。

 今望まれるのは、「適切なダイエット療法」というべき「正しい規制=健全化ルール」であろう。

最後に──ファンドの動向──

 今回サブプライムローンの破綻で影が薄くなったが、少し前までは、だぶついた資金が原油の先物市場に流れることで、未曾有の高値を呼んだ。ところが今回投機筋の資金引き上げで、いまでは一時バレル130ドルという未曾有の最高値の半額以下に暴落している。

 ここにもファンドマネーの動向が、実体経済に重大な影響を及ぼし、特に発展途上国に著しいダメージを与えたことを考えると、このまま「市場原理主義」という本性魔物を、なんらの規制というブレーキのないまま暴走していい理由はない。
 
 前述浜田和幸『石油の支配者』によれば、

 ヘッジファンドの他に、投資銀行・年金ファンド・大学基金・各種財団・国富ファンド(政府系ファンド)などがあるという。そうした投機ファンドの中には──かつての村上ファンドなどのように──企業買収なども手掛けるグループもいる。

 たとえば国富ファンドだが、チャイナが貿易収支黒字で貯まったドルを、世界中の資源関連施設に投資、あるいは買収して話題を呼び、今その暴落で大きな損失を蒙ったことは知るとおりである。

 ところで「ヘッジ・ファンド」とは一体何なのか? 文字通り解釈すると、リスクを回避することがヘッジだから、そうした目的で相場の変動を見越して先物取引などを行なうファンドということになる。
 
 (詳しくはウィキペディア同項参照)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%83%E3%82%B8%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%89

 ちなみに、ヘッジを目的とした近代的な商品先物取引は、1730年(享保15年)に江戸幕府が許可した大阪堂島で、米相場会所として米の先物取引をおこなったのが最初である。それはちょっとした干魃とか冷害によって引き起される米価の高騰を防ぐ目的からであった。

 経験上から言えば、たとえばタマゴ相場だが、需要に対して供給が10%程度タイトになれば、価格は倍になってしまう。そうしたコメ飢饉によるリスクをヘッジしようとした目的から、大きく逸脱したのが今のヘッジファンドの姿である。

 前述の通り、「レヴァレッジ」と「空売り」という2つの飛び道具を封じことで、ヘッジファンドが、本来の「リスクヘッジ」という仕事に回帰出来ることになればいいのだが──。


これは希望的な考察だが、この度の世界金融不況が、遊牧民に発した弱肉強食を基調した性悪説的「商文化」の破綻であり、、もしその救済に、日本的な共生を基調とした性善説的「商文化」が役立つとすれば、まだ過渡的なながら、ジョーモニズムの発顕が緒に就いた証(あかし)かもしれぬ。


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