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周りは凶器だらけ?


 喘息患者で「思いっきり弱者」の私が、今までなんとか生きてこられたのは、なんといって「ステロイド(副腎皮質ホルモン)」というクスリと気管支拡張吸入剤のお陰である。この二つの薬がなかったら、多分間違いなくあの世に行っていただろう。

 ご存じの方も多いと思うが、ステロイドというクスリはいわば「両刃の刃」であって、新聞などでむしろその弊害の方が大きく報道されている。とにかく「怖いクスリ」というイメージが強い。たしかに怖いことは怖いのだが、といってそのおかげで命を長らえている人だって多いのも事実である。特に臓器移植で他人の内臓をもらった際の「拒絶反応」を抑えるには不可欠な薬品である。また使用法を誤らなければ、貴重なクスリであることは間違いない。

 私の場合も、当初味わった、体重が一度に十数キロも落ちるような強烈に苦しい喘息発作を止めるには、どうしてもステロイドに頼るしかなかったのである。その 後運よく、ごく少量のステロイドを連用することで、主治医も驚くような症状の安定を得、風邪などで喘息発作を誘発したときには別にステロイドの点滴を受けることで、なんとか今日まで生き延びてきた。そのお陰かひどかった「アレルギー性の鼻炎や皮膚炎もきれいに抑えられているのだから、まさにステロイドさまさまである。以来何十年も毎日少量ずつずつだが、かかさず飲用して今日に至っている。

 問題は副作用である。急に大量摂取した場合は、「ムーンフェース」と呼ばれる顔がお月様のようにまん丸くなったり、ヒゲや眉毛が濃くったり、骨が脆くなるなどの副作用が知られている。私の場合、さいわいそんな副作用は出なかったが、長期連用の弊害として、皮膚が極端に薄く弱ったことがいま一番困っている問題だ。

 特に腕の皮膚の真皮がほとんどないため、脆くてちっと何かが当たってもすぐに内出血してしまう。親愛の情を込めて二の腕などを、ちょっと強く握られるだけで出血してしまうのだから始末に負えない。出来れば夏場にも長袖のシャツを着たいのだが、これが無類の暑がりときているものから、どうしてもか細い二の腕がむき出しになってしまう。したがっていつもどこか点々と赤黒くなっており、多分人様に気味悪がられているだろう。

 最初は血管がもろくなったのではとパニックになったのだが、どうやら血管を保護する真皮が薄くなり、特にそれが上腕部で著しいことがわかって一安心した。そうです。いつか頭をちょっと強く打ったら、脳出血であの世行きか半身不随になったらという不安に取り憑かれたのである。

 喘息の発作時や入院時の点滴でも、あちこちに針を刺されることがある。細い血管への点滴で輸液が漏れたりしたら大変である。ひどいときは細い両腕のあちこちに紫色の濃淡(古いものから淡くなる)の斑点が、まさに海洋に浮かぶ大陸のごとく現れるのだ。

 ただこうした内出血だけならばなんとか我慢も出来る。もし滑って転んだとなるとただではすまない。去年は自転車で転んで手と足の皮がベロリ。部屋を歩いていて、イスの脚に蹴つまずいたら、もう指先が真っ黒になるし、柱・ドア・格子戸など、それでも周囲がみんな凶器だらけだから、家の中でも外でもなるべく通路の真中を選んで歩くようにしている。最近目に付く歩道を後ろから、音もなく飛ばして来る自転車などはまさに凶器である。

 「こんな皮膚、なんとかならないか?」といろんな医者に相談してみても、いろよい返事は返ってこない。昔は「ステロイド離脱」を考えてあれこれ努力したが、飲用をやめると喘息が出てどうしてもそれが出来ない。なにしろ、なにしろ長い間ステロイドを使っていると、脳から製造元の副腎に「ステロイドを作んなさい」という指令が出なくなってしまっているので、もう副腎はサボタージュしまくっていることになる。だから継続的に一定量を外から補充してやらなければならない身体になってしまっているのだ。


 さて、急に話が変わるが、縄文塾のメンバーの多くは私を筆頭に雑学派である。「雑学アカデミーに光を当てよう」「雑学が日本を救う!」など、勝手な気炎を上げながら作ったのが「広島雑学アカデミー」である。雑多なジャンルで蘊蓄を披露しようというのが目的である。詳しくは割愛するが、ちょうど設立一周年にあたる平成十四年三月、メンバーの紹介で知ったこの道?にくわしい砥部在住Nさんの案内で、道後温泉一泊の「四国愛媛不思議ツアー」を行った。

 自動書記ですばらしい絵や不思議な文字を書くお嬢さんの実家、先祖の夢枕によるお告げで畑を掘って見つけたという銅剣に見まがうような弥生時代の精巧な石剣と、大きな壺を社宝にしている恵依弥二名神社、二〇〇〇メートルの深海に野菜とか果物を沈めることから、食品の保存と熟成などに取り組んでいるトロール船会社のオーナーなど、いろんなタイプの不思議体験をしたのだが、夕方近く松山で公演予定の民話ミュージカルのリハーサルを見学した。いろいろ興味あるお話を伺って終わって帰るとき、靴を履こうとしてついよろけて、近くにあった陶器の傘立てに左手の上腕部、時計のベルトのすぐ上の皮をちょうど舌くらいの大きさでベロリと剥いてしまった。

 もうかなり遅くなっていたので、いちばん若いメンバーが付き添って救急病院に連れて行ってくれたのだが、たまたま心臓・血管関連の外科病院だった。後でわかったのは縫合してくれた糸が、心臓や血管用の極細だったので、広島に帰っても内科の主治医は抜糸が出来ないと言って友人の外科医を紹介してくれた。そこでもあまりに皮膚が弱いので抜糸を通常より遅めにしてくれた。結局破れた皮膚の先端部が壊死したため治りが遅くなったのだが、ことほど左様に健常者の一人とはいえない生活弱者なのである。

 ホームドクターのF先生曰く「少々寿命が短くなったとしても、自分からそれを縮めることはないじゃあないか」という一言も身に泌みた。かくして晩策尽きてステロイド離脱はあきらめ、結局「皮下出血も腕の皮ベロリも私の生きている証拠」だと思うようになった。考えてみれば、このステロイドのお陰で虚弱ながらなんとか今日まで生きてこれられたんじゃあないか。感謝することはあっても悩んではいけない、と自分に言い聞かせているこの頃である。

 もし私と同じ悩みを抱えて方の参考になればと思うのだがさてどんなものやら。

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